今年~来年、定年退職を迎える同期が数人。
定年、60代前半ってそういう年齢なんだなと改めて思いました。
子どものころは定年といえば55歳でした。自分が大人になったら60歳となり、今では延長雇用、役職定年後65歳までが普通となっている感じですよね。
30代半ばで退職した私からしたら、同期の子たちの40年以上会社勤めを続けての定年退職というのは「すごいなぁ」の一言です。
同期20人、セミ合わせて40人中でも定年退職まで残っていたのはほんの数人です。
まだ結婚と同時に辞めていく子も多かった時代でした。
当時のCAは3年たつと「スチュワーデス=SS」から「アシスタントパーサー=AP」へ自動昇格でしたが、APにならずに辞めていった同期のほうが多かったくらい。
結婚後も出産後も働き続けた私は長く勤めたほうです。
今の若い人たちの常識では考えられないことでしょうか?
少なくとも娘と娘の友人たちは、女でも男でもずっと働き続けるのが当たり前の感覚で、もちろんお婿さんもです。
そうなると家事はともかく、子育てに関してはどう考えても女性に負担がいきそうと思っちゃいますが、それも昭和の感覚でしょうか。今の男性は子育てに関しても妻と同程度にやるんでしょうか。
働く環境も今は私の時代とは全く違う感じではありますけど。
娘の会社は週に2日~3日、在宅ワークが選択でき、外資系のお婿さんの会社は週3日固定で在宅ワークです。夫婦がそれだけ通勤の必要なく家にいられるなら、子育てはそんなに甘いもんじゃないといえども、在宅ワークなんてなかった私たちのころと比べたら全然違うでしょう。
娘によると、在宅でオンライン会議の途中、男性社員でも女性社員でも「保育園のお迎えの時間なのでちょっと離席します」と30分くらいいなくなったりするそうです。時代は変わったわ~
同期で定年まで残った子たち、子どもがいる人はいません。
子どもができなかったからそのまま勤め続けたのか、勤め続けたいから子どもを作らなかったのかはわかりませんが。昔の私の仕事は泊りもあるし、休みも不定期、夫の意識だって今60代~70代くらいの男性だと、まだまだ「育児を一緒にやる」どころじゃない、「育児を手伝う」程度でしたよね?そもそも夫たちは猛烈に忙しかったし、男性が「子どもの保育園のお迎えがあるのでお先に失礼します」と定時で帰るなんて、そうそう見る光景ではなかったですよね。夫婦の両親など、安心して預けられる身内の助けがない人には続けるのがかなり厳しい職種だったと思います。
私の場合は母と妹が全面協力してくれたから続けられたことでした。
周りの出産後も働き続けていた同僚はほぼ全員が実の親やお姑さんに預けていました。
令和の今、そういった点でもさらに進んで、両方の祖父母が預かったり面倒見ているケースは昭和の時代よりずっと多そう。街中で、公園で、スーパーで、「どう考えても祖父だよね?」「たぶん祖母でしょう」と思える人たちの幼児連れの多いことよ。女性も当たり前に働く時代になり、昭和の祖母たちより令和の祖母たちは子どもの世話で忙しそう。
付き合いがずっと続いている仲良い同期の1人、息子はもちろんお嫁さんも仕事で出張有りの超多忙、子育ては彼女とお嫁さん母が全面的に協力しており忙しく、ここ数年あまり会えません。「やっと保育園に入ったから久しぶりにランチでも!」と連絡が来たと思ったら「2人目ができた、、、またしばらく忙しいわ💦」と連絡が、、、高校時代の親友は地方で会えなくなって長いですが、まだ年賀状のやり取りのある1人。ここ数年、孫守の忙しい様子の一言が添えられた年賀状が届いていましたが、今年の年賀状は「娘に3人目ができ、3人の孫の世話で体力勝負の日々となっております」との一言が(お嬢さん夫婦は実家近くに住んでフルタイムで仕事)。みんな孫守で忙しい。(うらやましい忙しさではある)
孫守に忙しくても当たり前の年代となり、思い出すのが仲良くしていた同じグループの1年先輩です。
偶然同じときに子どもができて産休、育児休暇と同じ時期。休んでいる間も連絡を取り合っていました。産後復帰も一緒の予定。
ところが、いよいよ産休明け、復帰前の1週間研修に入る直前、「復帰せず退職することになった」と連絡がきました。会って事情を聞くとあてにしていた実母から「やはり、預かることができない」と言われてしまったとのこと。
9時5時の仕事のように、朝預かって夕方には帰る、というのとは違って早朝深夜も頻繁にあり、1泊や2泊はもちろん1週間ぶっとおしで預かることもあり、というのが現実目の前に迫ったところで、先輩のお母さまは自分にはやはり無理、と思ったということ。
どうしても仕事を続けたかった先輩はなんとかお願いできないかと粘ったそうですが、お母さまから
「私には私の人生があるの」
と、キッパリ言われてしまいその言葉には何も言えなかったそう。
仲良い先輩と復帰後も一緒にフライトできると思っていた私は残念で、とてもガッカリしたんですが、当時先輩のお母さまは60歳くらい、今の私とそう変わらない年齢でした。
当時、先輩のお母さまの周りの友人知人、日々孫守にバタバタしている人のほうが少なかったのかもしれない。今、同年代となった私は、周りを見回せば孫守でバタバタしている友人知人だらけ。