宗教、マルチ商法ときて最後は自己啓発セミナーに参加したときの話です。

「すごく前向きな気もちになっていいよ!」と職場の先輩から何度も誘われたことで仲の良い年齢も同じ同僚と2人で参加してみました。

私ってなんていろいろとその時々で怪しいと言われたものに参加してるんでしょ💦
若い時の警戒心が足りなかったのか?誘われやすい何かが私にあるのか??

1980年代半ば、自己啓発セミナーってとても流行っていました。
今だったらネットで情報を集めたり参加した人の声など気軽に調べられますが、ネットなどない時代、自己啓発セミナーは新興宗教やマルチ商法のような怪しさは当時はまだ知れ渡ってなかったので参加して「すごくいい!」と周りに勧めてくる人はあの集団心理療法にハマれて心底いいと信じていた人たちだったと思います。

ちなみに私が参加したセミナーは参加者がほとんど20代と30代でした。
今にして思えば年代別になっていたのかな??と思ってしまうほど若い人しかいなかったです。私も20代前半でしたし。

当時の自己啓発セミナーは段階的になっていたようで、私が誘われたのは初心者向けの入門編といった感じのセミナーで2日間通うものでした。
上の段階に進むともっと長い期間だったりしたみたいです。

後に、会社で研修にこういうセミナーを取り入れて、数日泊りがけで合宿だったりすると聞いたときは「あれを会社ぐるみで?しかも泊りがけで・・・それはキツイわ~~💦私だったら脱走して退職だな」なんて思いました。
そんな感想を持った私は・・・ハイ、最初からまったく馴染めませんでした(笑)

なので馴染めないのに参加してしまった体験談と感想ということになります。

「自分の内なる能力に気づく」とか、「抑制を解いて本来の自分に気づき可能性を広げる」などと、社会や常識の中で抑えている自分をいったん解放して本来の能力を高めるみたいな良い方向でのとらえ方で勧誘のポイントもそこでした。

けれど、セミナーの内容は教えられない、また参加した場合は人に話してはいけない、とその条件がもうかなり怪しかったわけですけど・・

「抑制されている自己の解放」なんて聞くと、どうやって?まさか人前で大声で叫ばされたりとか、そんなことさせられたりして・・まさかね、やめてよ〜、そんなの冗談じゃない💦なんて思っていたんですが、参加してみたらまさにそれでした( ;∀;)

自己啓発セミナーってハマる人は集団心理療法にどっぷりハマり、大勢の前で自分の内面をさらけ出し、自分のことを語り倒した挙句号泣したり、グループごとに行われるワークではグループ全員が一致団結して涙を流していたりで、集団心理や自己暗示にハマれなかった人たち(私も、そして一緒に参加の同僚も)はその光景に今の言葉で言うと内心ドン引き。
でも、指導するインストラクター&アシスタントも非常に多かったため(会場は彼らが受講者を取り囲む感じで配置)、露骨にしらけた様子でいることも憚られる雰囲気がありおとなしく合わせていたのでした。

そもそもセミナー開始すぐのプログラムでかなりの違和感。
詳しい状況はほとんど忘れてしまったのですが、マイクを握って大勢の参加者の前に立ったインストラクターが、気分が上がるようなことを矢継ぎ早に言って場を盛り上げ、全員でそれに同意して盛り上がる、みたいな場面だったんですが、私と同僚はそのテンションにイマイチついていけず・・・
そしてそのあと感想を言いたい人は挙手してマイクで自由になんでも思ったこと感じたことを言うということに。

次々に手が挙がって
「こんなに大勢の前で意見を言うのは初めてです、緊張していますがとても前向きな気持ちになれています!」「大勢の人に自分を肯定してもらった気分です!!」みたいな高揚した気持ちを言う人が続出。

そんな中「自分はこの雰囲気に全く馴染めません。ファッショみたいだと思いました。」と言った男性が。

私はこの男性に共感しちゃったんです。
「共感したの私だけ?他にも同じです!って意見出るかな?出なかったら私が言おうか・・」なんて考えていたら、

インストラクターがこの男性をすごく攻撃したんです。
ファッショという言葉にかなり反応していてすごくムキになっていたようにも思えました。

ファッショという言葉は確かに言いすぎで、言葉のイメージが悪いのでセミナー側の人としては非常に腹立たしかったんでしょうけど、集団心理操作がすごいな~とかなり気持ちが引けていた私はその男性が言いたかったことがすごくよくわかりました。咄嗟にどう言ったらいいかわからなくてファッショと言う言葉が思わず出ただけだと思ったし。

それと自己啓発セミナーのインストラクターなんだからもう少し冷静に対処できないのかな?言葉尻をとらえてあんなに反論するってどうなの?とインストラクターに反感を持ってしまいました。

心の中で思ったことを包み隠さずみんなの前でさらけ出すほうがいいんでしょ、この場では。だったら「ファッショみたいと思った」と思ったまま言っただけ。
否定的な感想はダメというのはおかしいのでは??

それを言ってみたかったんですが、インストラクターはファッショという言葉を撤回させるのに躍起、その男性もなかなか引かなかったしで、2人の激しい応酬でそのままその場は終わってしまいました。

1番最初がそれだったもので余計にノリが悪くなってしまったとも言えます。

その後はこのファッショ事件のようなことはなくいろんなプログラムが進みましたし、なかなかに面白い試みのものもありましたが、やはりハマりまくって涙を流している人なんかを目の前にすると醒めてしまったり、馴染むことも感激することもなく終わりました。

次は35年も前のことでたくさんやったプログラムもほとんど覚えていない中、このファッショの件とともによく覚えているプログラムについて書きたいと思います。