老人あるあるの「同じ話を何度もする」
自分の周りでは、高齢の母。これはもはやこちらも「その話は聞いた」と言う気もなくなったくらいの頻度。母ほどの高齢の域となれば、ひたすら「そうなの、それはよかったね」「そうだったの、それは大変だったね」とおとなしく聞いています。

でも、母ほどの高齢でなくとも、ジムでのジム友たちとの会話でもよくあることです。
70代、80代のジム友はもちろん、同年代の60代ジム友との間でもある。
「あ、この話聞いたな」と思いながらも、初めてのような顔をして会話しますので、その反対も当然あるんだと思う(^^;
親友との会話でも「あれ?この話はこの前したっけ?」とお互い言いながらしていたりします。

意識せずしていて
娘に「ママ、その話もう聞いた」と言われてしまうこともあれば、自分で話しながら「あ、この話は前にもしたっけ、、、」と意識できている時もあり。

でもこれは自分だけではないので、年を取ったら仕方ないことなんですよね?

ブログを始めた時、「備忘録代わり、この時こんなことがあったとわかるので便利だろう」「この時はこんなだったと読み返して楽しいだろう」という思いが大いにあったんですが、始めてもうすぐ4年。読み返したことはない、、、先日ブログにも書いたように、「ものすごく面白かった!」と思った本でも読み返すことはめったにないわけで、ましてやそれが拙い文章の自分のブログとなれば、、、💦 備忘録として思い出にふけるには、4年だからまだまだか。10年ほどもたてば読み返して楽しむんだろうか?

書いている途中で、昔書いたことを覚えていてそれを引用することはありますが、4年もたつと書いたのかどうかもだんだんうろ覚えになってきているし、過去記事から探すのもめんどうな量になってきています。

そんなわけで、今の私は自分のブログを改めて読み返すことなどない上に、何を書いてきたかもいちいち覚えていられなくなってきているんですが、、、
となると、会話と同じく、同じ話を何度もブログに書いてやしないか??

「今日あったこと」を書くブログならそんな心配はないでしょうが、昔経験したことや思い出話などは、何度でも話に出すことができる。同じことを2度3度と書いてしまっていることあるかも?いや、絶対あるだろう。

ブログ記事のタイトルって、記事内容にそっていればいいかなと、いつもあまりよく考えもせずつけていますが、せめてタイトルで「繰り返しがわかるような仕組み」でつけたほうがいいのかしら。
でも、どんな仕組み??タイトルを内容のあらすじにするとか?
そういえば昔、携帯のメールでタイトルにぎっしり内容を書いて送ってくる友人がいましたっけ。読む前から分かり易いといえばわかり易かったけど。(笑)