昔父が「たいして面白くもない小説を読むくらいなら、今まで読んだ中でもとびきり面白かった!!と思ったものをもう1度読んだほうがいい」と言っていました。自分で面白そう!と選んだものの、期待はずれだったとき、それが買った本だったり図書館のウエイティングでかなり待ってようやく借りた本だったりしたときなどは特にガッカリして、父の言葉を思い出します。

でも、内容を覚えていてもまた読みたくなるくらい面白く、繰り返して読んだ本といえば、有吉佐和子さんの本くらい。
とびきりおもしろかった!と感動した本、63年も生きていればかなりあるのに、案外再読ってしないものです。内容を覚えていると特に。それに、次々と新刊は出るし、時代も流行も世相も変わるし、その時々で話題のものも読みたいし。やはり新しいもの優先になります。

さらに今はついダラダラと見てしまう動画、ジャンルも政治からふざけたものまで無限?見始めたらキリがない。
NetflixやAmazonプライムで映画ドラマ見放題、読書の時間は減る一方。

そんな状態ですが、妹が昔読んで感動した本を「ふと、もう1度読みたくなって再読した、今読んでも感動した」と聞いたら、「そうだった、あれはとっても面白いんだった」という思いでどうしても読みたくなりました。内容はほとんど忘れてしまっていますが、「とっても面白かったんだ」ということは印象強く覚えている本です。なので、「私も、もう1度読みたい!貸して!」と借りました。

それがこちらです。

遠藤周作の「女の一生」
これは本当に面白かった!と感動した本です。(自分の好みに合っているともいえます)読む前からとっても面白かったとわかっている本を読むというのも楽しみです。内容も覚えていないから、新鮮な感動で楽しめることでしょう。

ほかにもまだまだあります。内容をきれいさっぱり忘れていて「ものすごく面白かったんだ」ということだけ印象に強く残っている本。

中でも1番だと思っているのが、ケン・フォレットの「大聖堂」。
上中下巻とあってすごいボリュームで、超絶面白かった!ということは覚えているのに、内容は全く覚えていないので、かなりな時間楽しめることでしょう。さて、再読することになるのはいつ?
だいぶ前にブログにも書いている「大聖堂」
「献立がシチューとおでんになる本」です。
面白過ぎて感動した本なのに内容を忘れる・・なぜ〜?